●細かい仕事のあれこれ
95年頃、私は酒を止めまして、ちょうどその頃から日記をつけ始めています。
で、その頃の仕事を拾ってみると、『ガイバー』が出遅れている間、細かい仕事をたくさんやっています。「X-FILES」のムックのお手伝い、「NIGHT HEAD FINAL COLLECTION」というムックのお手伝い、なんとまあ、やおいビデオの脚本まで書きました。これは結局形にならず、ギャラももらえませんでしたが。あと、アニメの企画の手伝いとか、名前の出ない仕事をけっこう、やっていました。
そのほうが、お金になったりするんですよね。毎月、ちょこちょことお金が入ってきますから。
あと、記録に残しておきたいのは、95年の9月から声優雑誌『ハートフルボイス』に連載した漫画、「かのん」の原作です。作画は天乃永遠さん。声優を目指す女の子の、サクセスストーリーで、編集者と天乃さんが物の分かった人たちだったので、楽しくできましたが、これから、というところで雑誌がつぶれて、本にはなりませんでしたね。
もう一つ、本にならなかったのが、96年になりますが、雑誌『PCengine FAN』(だったかな)に連載した、『ファイアーウーマン纏組』のノヴェライズです。原作は、格闘ありRPGありの美少女ゲームだったのですが、好きにやってもよかったので、短篇連作の謎解きミステリにしてしまいました。ただ、稚拙だし、ノヴェライズですから、今後、本になることはないでしょう。幻の作品です。
『映画秘宝』のお仕事が来たのも、95年です。中島紳介さんのご紹介で、『翔べ! 必殺うらごろし』について書いたのですが、これが好評だったので、しばらく、このシリーズでの仕事が続きました。当時の編集長の町山さんには、インパクトのある原稿の書き方を教えていただきました。つかみとかね。
一方、『ガイバー』の発行が遅れて、経済的に困窮して大変だ大変だと騒いでいたら、パソコン通信のNIFTY-SERVEで知り合った綾辻行人さんが、「短篇の仕事があるが、やってみないか」と紹介して下さったのが、PS用ソフト『黒ノ十三』のお仕事です。これがホラー短篇で、幸いにも好評だったので、俄然、ホラー短篇に目覚めました。今、その短篇は、このサイトのダウンロードコーナーに入れています。
この仕事がなかったら、短編作家の私はなかったでしょう。
NIFTY-SERVEでは、いろんな作家の方とお知り合いになりました。それまで、同業者の知り合いが一人もいなかったので、いろいろな意味で有益でした。斎藤肇さん、太田忠司さん、たくきよしみつさん、鈴木輝一郎さん……。柴田よしきさんは、作家になる前からの知り合いでしたが、95年に横溝正史賞を取ってデビューしました。おかげで授賞式に呼ばれ、初めてパーティーというものにも出ました。お上りさん気分でしたね。
井上雅彦さんと知り合ったのも、NIFTYのミステリ・推理小説フォーラムのオフ会ででした。名古屋での統一オフでのことです。何となく、怖い人のような気がしていたので、ほっとしました(笑)。
95年に、知り合いの高橋望さん(現・スタジオジブリ)が、『サイビズ』というパソコン雑誌の編集長になり、レビューの仕事をもらいました。そのときに、企画はないかと言われて、NIFTYの人脈を中心に、私が仲介して、パソコンにまつわるリレー短篇連載をやりました。この辺の人脈は、後へ続いていきます。
ところで、『ガイバー』が2巻で終わってしまって、困った私は、一般小説に向かおうとしていました。95年から96年にかけては、それをずっと書いていました。『レム』というタイトルのものです。
難航しながら、半分まで書き上げたのですが、結局、立ち消えになってしまいました。出来が悪かったせいもあるんですが、96年の秋に、『吸血姫美夕』の仕事が来たからです。これがまた、人生の転機になりました。